アルジャジーラから世界をのぞく(7)~調査的報道(invetigative journalism)と報道の必要性

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アルジャジーラ、報道局だけあって、ジャーナリズムとタイトルいくつかポストされています。今回は、そんな記事をとりあげるとともに、ジャーナリズムのあり方を考えてみました。

調査的報道はどうしたら生き残れるか?

調査的報道、つまり報道対象について深く掘り下げてそこから対象について通常では見えないことを掘り当てて報道すること、と定義できるでしょう(記事中に明確な定義はなかったのですが、文脈からこう読み取りました)

スマートフォンやネットの時代となると、パッと目につきやすいもの、スクロールせずに見えるものを見てしまい、こういった、対象を深掘りするような記事はあまり閲覧されずになってきています。副題では、こういった報道の記事よりかわいらしい猫のビデオのほうが閲覧されている、という嘆きのようなことも書いてあります。

そこで、記事の著者は、いくつかこういった状況に対する方向性を提示しています。一つ目が、ソーシャルメディアにあった、記事の提供方法を考えること。具体的にはインストグラムやゲームといったフォーマットでの記事を提供するおtいいのではないか。2つめは、実際の社会に影響を与えるような記事を書くこと。具体例としては、マレーシアにおける赤子売買事件では、報道局の調査をもとに、実際に何人かの医師や密売人が逮捕されている。また、こういった調査的報道も伝統的な報道局以外からもなされており、例としては環境保護団体であるグリーンピースが記者を雇って調査をしているということもあげられています。

このように、調査的報道、逆風の中にありつつも、決して暗い未来ではない、というように結論づけられています。そうそう、上記の例にはアルジャジーラでの取り組みも紹介されていますよ。

親記事リンク:http://www.aljazeera.com/blogs/europe/2017/03/investigative-journalism-survive-clickbait-challenges-170323112601103.html

そもそも報道はなんのためにあるのか

ここで、上記に関連して報道はなんのためにあるのか、ということを考えてみます。一つは、ニュースを知らせること。日々の出来事のうち、比較的、視聴者の仕事や生活に役に立つ情報を提供します。この時に、ただ出来事だけ知らせても理解できないので、背景、時系列、周辺知識等を組み合わせて、わかりやすい形で提供します。

二つ目は普段目に留まらないことを知らせること。特に社会悪的なことが対象になります。それにより、視聴者の注意を喚起し、それに対する改善を促すことがあるでしょう。まさにこの記事で取り上げられているような調査的報道で保育所が足りない、残業といった社会問題的なことや犯罪的な行為についても対象となります。

権力者の流したい情報とは違う情報を流すこと。往々として、政府等々が自分の都合のいい情報を流し、世間には知るべき情報がうまく流れないことがあります。これを防ぐために、報道は動くということもあるでしょう。独裁政治みたいに、情報統制が行き届くとなかなかこういったことは難しいのですが、風通しのいい社会を達成するためには政府に都合の悪いことでも情報が流れるようにする、ということも必要ではないかなと。

このように、普段生活すると、どうしてもその周辺しか見えなくなります。その、見えなくなったところに光をあてて広く人々に知らしめるのが報道の役割であり、我々の期待だと思います。そういったニーズは一定量あるので、ここであげている調査的報道が完全になくなるということはないでしょう。

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