新説、老婆心の老婆とは実は奥さんのことだった!?

老婆心、という言葉があります。ネットで調べると「必要以上に世話をやこうとする自分の気持ちを、へりくだっていう語」とあります。この「老婆」がもともと何に由来しているのか、考えてみました。この投稿、基本的に言葉遊びでなんの根拠もないので、軽い気持ちで読み流してください。

先にも書きましたが、老婆心とは「必要以上に世話をやこうとする自分の気持ちを、へりくだっていう語」。

ここで、いくつか疑問が湧いてきます。まず、「老婆」という言葉。自分も、よく本を読むのですが、それほど使われない、と思いませんか?話言葉でも、「今日、あの老婆がさ~。」という局面はあまりないでしょう。そもそも、日本語で「婆」というと、それだけで、年老いた女性、を意味します。それに「老」を重ねると、同義反復になり、あたかも「腹痛が痛いよ~。」といっているような不自然な言葉です。

また、個人的に疑問なのが、「老婆」とよばれる年代の人って、それほど、お節介だったかなぁと。むしろ、お節介なのは、世間一般では「おばさん」とよばれる年代の人だったような気がしています。老婆とよばれる世代の人は、姑とよばれる人種はともかくとして、つつましいイメージありませんか。

ということで、「老婆心」の年老いた女性のお節介を指す、ということには疑義が生じています。

では、ここでいう「老婆」とはなにものなのか?ここでは、奥さん(法律用語でいうところの配偶者)のことを指す、というのでは、というのがここでの問題提起です。

中国語では、女性の配偶者のことを老婆(ラオポー)といいます。ラオポーという言葉は、一つの単語として成立しているので、「老」にも「婆」にも意味がなく、若くても老婆です。ちなみに、男の配偶者のことは、老公(らおごん)といいます。

この老婆心を奥さんからの気持ち、ととらえるとすっきりしませんか。実生活においても、奥さんは旦那さんの挙措について色々とお節介をやきますよね。この奥さんの気持ちをなぞらえて、人にお節介なことをいうことを老婆心、つまり、本当は奥さんではないが、あたかもあなたの奥さんのように世話を焼く、ということです。

というわけで、「老婆心」、実はラオポー心で奥さんの旦那さんに対する気持ち、が起源ではないか、というのがここでの説となりますがいかがでしょうか。

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