得手は自信を、不得手は謙虚さを与える

人はそれぞれ得意なこと、不得意なこと、色々とあるものです。得意なこと、のみならず、不得意なことも、自分に与えてくれるものがあるので、今回はそんなことをば。

表題のとおり、得意なことは自分にとって自信を与えます。一つの事柄についてそれを得意な人と不得意な人っていますよね。得意な人は不得意な人と比較すること、それと、「できること。」については、他者から賞賛を浴びるのでそういったことごとが自分にとっての自信につながります。

というわけで、得意なこと、というのはその他の面をとっても自分自身にプラスの影響を与えるでしょう。じゃあ、不得意なことは自分にとって意味がないのか、、というとそうではありません。

不得意なこと、というのは、「できない人の気持ち」を理解させてくれます。「できる人」はできてしまうので、できない人の気持ちがわからない、そんな面があります。勉強や仕事ができる人が、できない人に対して、「なんで、そんなこともできないの、、」と思ったり、時には言ってしまう、のは、悪気はなくて本当にわからないのです。

ですが、なにかしら不得手なことがあれば、できない人の気持ちがわかります。その事柄であれば、もちろん、そうでなかったとしても、類推するということがわかるでしょう。

また、自分が不得意であれば、それを得意である人に対して敬意をはらうようになります。それが自分自身も謙虚になれるし、人の目から見ても謙虚と映るようになるでしょう。

ということで、得意なことを持てばそれにより自信を深めることができます。他方、不得意なことはその人に謙虚さを与えることでしょう。つまり、得意なこと、不得意なこと、それぞれが自分にとってプラスの影響を与える、というわけです。

ちなみに、もともと「できない人」が「できる人」になる、というのは、非常に価値があり、他者にそのことを効果的に教えることができるようになります。

まず、「できない人」の気持ちが分かるので、共感することができる。それとともに、自分が「できない」から「できる」ようになった方法を伝えることにより、相手も「できる」ようにすることができるからです。

逆に、最初から「できる人」は、相手に共感もできないし、自然できてしまうことを方法論化するのは非常に難しい。名選手、名コーチならずのメカニズムはこんなところにあるのでは、、と思っています。

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