待ち続けることは、時として人生の制御権を人に渡すようなものである


待つこと、世の中にはみちあふれています。基本的には、ある程度の待ちということは必要になります。とはいえ、あまり待ちすぎるとその後の身動きがとれなくなってしまうこともあるでしょう。あてもなくまたされることは辛いでしょうし。今回は、待つことの弊害及びどう対処するか、ということをまとめてみました。

待つこと、こればかりだとその時点で物事が止まってしまうことがあります。例えば、友人を食事に誘った、物事をお願いした、というときに、なかなか、そこに対応してくれない、ということがあるでしょう。もうちょっと、話を大きくすると、現在、恋人でありその人と結婚したい、と思っていても相手はウンといってくれない、ということもあるでしょう。

その場合、待ち続けるとどうなるか。時として、物事がそこで止まってしまう、という状況になりがちです。上記の例に即して説明すると、食事に誘ったが、返事がこず、ずーっとまたされた挙句、結局ノーと言われ空けていた予定が結局うまらないままになってしまう、とか、お願いしたことがなされずそこから先に進まない、なかなか結婚できず、本来自分が結婚したいという年齢をすぎてしまう、ということもあります。

やっぱりまたされたときの対応、というのは持っていたいところ。まずは、督促をしてみるということ。意外と忘れているだけ、ということも多いので督促は有効です。それでもダメなら、あきらめてしまう。どのくらいの時間軸を持つのか、というのは事案によりますが、ちょっとしたお願いごとやお誘いは1回督促してだめなら別にあたるでもいいでしょうし、結婚とかいう話になると持つ時間軸は3か月とか6か月とかになります。もしくは、腹を括って待ち続ける、ということもあるでしょう。待ち続ける、ということは辛いものですが、打開策を考えてみると少し気分が楽になります。

待たせているほうにも理由があるのでそれを理解する、ということが必要でしょう。ただ忘れていただけなのか、忙しくて一時的に対応できないのか、全くその気はないがN0が言えない性格だから言えないのか。そこを理解なり推測することにより、どういう手段をとるべきかが見えてくるでしょう。

結局のところ、待ち続ける、というのは、そのことに対する主導権を人に渡してしまうので、どこかのタイミングでそれを取り返しに行くことが大切です。とはいえ、気持ちの切り替えがうまくいかず待ち続けてしまうことも多いのですが。

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