ゴールデンウィークは本当に必要なのか?改めて考えてみよう!


さて、2018年のゴールデンウィークがいよいよ始まりました。日本全体がお休み、祝祭モードになります。自分はひねくれものとして、このゴールデンウィークについて意義を考えてみました。

日本において、長く休みをとれる機会、というのはそうそうありません。日本で長期休みとなるのは、正月、お盆、そしてゴールデンウィーク、この3つだけです。そういう意味では、とっても貴重な機会なわけです。

ですが、人が動くのでめためた色々なところが混み合うのもこのゴールデンウィーク。やれ、高速道路、鉄道、国内線は混むこと、混むこと、で、国際線の値段は天井しらずで相当な値段がかかってしまいます。ホテルの予約は難しく、結局、家でゴロゴロしてしまいがちです。観光業の人はこの時期、ピークシーズンになってしまうので、ハードワークを強いられてしまいます。

ここで、ゴールデンウィークを無くし、その分の休みを各人のタイミングで有給等でとって、休む日数としては同程度とした場合はどうでしょう。そうすると、人の動きがばらつくので混み合いの程度は減って旅行しやすい。観光をする人にとっても、来る人がばらつくので対応がしやすい。後は、各人の好みで休みをとれる、ということがあります。

じゃあ、それでいいじゃん、と簡単に言えないのが難しいところ。ご存じのとおり、日本の社会、会社は長期休みは不寛容なところがあります。そうすると、自分の都合で、「ちょっと1週間くらい休みを。」とは言いにくい。ので、お上のほうで、あらかじめ祝日を決めて、上位下達式に休みを決めた方が、結局、会社としても、従業員としても休みがとれやすい、ということでしょう。家族なんかだと、夫はとれても妻は無理、というのもあるので、決まった休みというものがあるほうが日程調整がしやすい、という面もあるかもしれません。

まとめると、理想的にはゴールデンウィークより、その日数分だけ任意に休みをとれたほうがいい。とはいえ、社会的、会社的な制約から、個人ではとりにくいので、国で決めた方が休みが取れるので、今の時点としては、ゴールウィーク制度というものがあってもいいかもしれない。ですが、国家が個人の生活を決める、というのは、社会として未成熟だと思うので、やっぱり各人の任意でとれるようになる社会、というのが、よりよい社会である、というのが私の考えです。

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