感情の揺れこそが、人に考える種を与える


感情が揺れることについては、割とよくない、と思われることが多いです。たしかに、感情に振り回されるより、どんなことがあっても泰然自若としているほうがはるかにかっこいいですよね。とはいえ、感情が揺れることが考えるネタを与えます。それをうまく、育てると一つの考えが成立します。こんかいはそんなことをば。

やっぱり、楽しい、という感情を持つと、気分が高揚します。気分が高揚することにより、色々な考えが頭の中に浮かんできます。また、楽しいことであれば、そのこと自体が一つ書くネタになることでしょう。そういった、頭の中のことを色々と摘み取っておくと、後で、ブログやらなにやらを書くにあたってのネタとなります。

次は、失敗したこと。失敗した、ということは、やっぱりつらいものです。ですが、失敗から教訓を抽出し、それを未来の行動に活かす、のであれば失敗は失敗ではありません。もし、失敗から得られた教訓をもとに成功することができたならば、それは、自分ひとりのためではなく人のためにも役に立つ話ができることでしょう。

後は、怒りや悲しみといったこと。特に、一般的に感情を害すること、よりも、ささいなことだけど妙に感情に触ってしまう、ということが重要です。「ささいなこと。」というのが、じつは自分の中の価値観にふれていて、そのために感情が揺れてしまう、ということがあったりします。なので、ささいなことで腹がたった、という場合は、「なぜ、感情が害されているのか」ということを、掘り下げると自分が気付かなかった価値観に気付くことができます。

怒りという点でもう一つ。それは、「人のふり見てわがふりなおせ。」です。つまり、腹が立ったときに、どうして腹がたったのか、その人はどうすればよかったのか、ということを考え、それを自分の行動に活かすようにする、ということが必要でしょう。

そういって感情が揺れたときに、立ち止まって、そのことを深く考えてみる。そうすると、そこからなにがしかの、ネタが生れます。文章を書く人であれば、それをもとになにがしかの文章をしたためることができるでしょう。自分はブロガーなので、感情の揺れから文章を生み出している、ということが割と多くあります。

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