ブログを書く、ということは色々な知識や出来事を自分のフィルターに通すことに意味がある

ブログを書く、それは読む人にとって価値のあるものでなければなりません。では、価値はどこからでてくるか、その価値の源泉は「自分が書いていること」に尽きる、でしょう。そんなことをつらつらと書いてみます。

ブログを書く行為、これは、色々な知識や出来事を自分の中で咀嚼/編集書くことになります。この自分の中で咀嚼/編集する、という行為にブログを書く、もっと言えば文章を書く大きな意義でしょう。

世の中には、特にネット上であれば色々な情報がありあふれています。そのため、単なる情報であればインターネットをぱこぱこ叩けば検索できるので、情報の伝達手段としてのブログ、となるとそれほど大きな意味はないでしょう。もちろん、自分しか知りえない情報であれば価値があるのですが、なかなか、そういう情報は表に出せなかったりしますよね。

そうでなくて、自分が書くことに意味があることは、そこになんらかの価値を加えることでしょう。

例えば、

  • 自分が持っているAとBという情報を組み合わせてブログを書く。単独での情報はたくさんありますが、組合せ、となると世間では出てこなかったりもします。以前、受験戦争をゲーム理論に即して書いたことがありますが、これも組み合わせの例でしょう。
  • とある情報について自分なりの意見や感想を書く。書評を書く、が例として挙げられるでしょう。この場合、本自体は自分が書いたものではありませんが、意見/感想は自分由来のものです。
  • とある事項についてわかりやすく解説する。税理士であれば、複雑な税制や税制改正について自分の言葉で説明する、ということがあるでしょう。国税庁の説明でわからなくても、自分の説明で概要をつかんでもらえればそれは価値となると言えます。
  • 運動、イベント、旅行について、自分の行動と感想を書く。情報として参考にいただくのはもちろん、いい旅行記を読むのはおもしろいものです。
  • 自分の持っている価値、信念、考えを開示する。自分の座右の銘として、「嵐の中でもときは立つ」というものがあり、時折、このブログでも登場します。これについて、影響を受ける人がいれば、一つの価値となるでしょう。

全てのことを自分のオリジナルで文章を書くことはほぼ不可能に近いでしょう。むしろ、色々な情報について、自分の持つ、知識、価値判断、意見、解釈を加えて文章を編んでいくことこそが、文章を書く意味、となります。これは、料理人が色々な素材や調理法を組み合わせて自分独自の料理をすることと似ていますね。

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