「世界一空気を読まない男を目指す」という自己紹介に込められた真意とは


僕は、とある自己紹介において「世界一空気を読まない男を目指す。」というふうに表現しようとした覚えがあります。結局、それは使わなかったのですが、この言葉に至った背景なんかを。

これと近い言葉に、「あえて空気を読まない」という言葉があります。略して、KYではなく、AKYとなります。例えば、「じゃあ、2次会にいこうぜ。」というノリに対して、「私、帰りますんで。」とすたすたかえってしまう。または、「コーヒー」、「コーヒー」、「コーヒー」と続いたところで、「僕、お茶で」みたいな。

空気を読めない、、わけではないのです。一応、空気を読んで、そこに流れている背景や空気に基づきとるべき行動は把握します。ですが、その空気に対して逆らってみる。空気によってとるべきだろうな、と感じられる行為をとらずに、別の行為をとる。ということです。つまり、空気を読めない、というのは、うっかりおかしな行為をとってしまうのですが、空気を読まないというのは確信犯的に空気に逆らう、ということを意味します。

ここの意味するところは、全体に影響されず、自分がとるべき行動をとろう、ということ。空気にしたがうと全体としては調和がとれるのですが、個人として損をすることもあるでしょう。また、空気、というのは必ずしも明確な論理があるとは限らないので、空気に流されることにより全体として倫理的な行動や合理的な行動をとれない、ということもあるので、全体の観点からも空気を読まないことがいいこともあります。

もちろん、空気をふまえることも大切です。「くだらねぇな。」と内心思っても、空気に合わせて波風を立てずに、すませてしまう、というのも大人な対応で、それはそれで必要なことです。つまり、空気に流されることのメリットデメリットを合理的に勘案し、それに基づき行動する、というところでしょうか

つまり、ここで大切なのは、「空気を適切に読むこと。」、「必要に応じてそれを無視すること。」の二つを達成することです。別の言葉でいえば、空気から少し距離を置いて、そこにとらわれないようにする、ともいえるかもしれません。

ちなみに、「世界一」というのは強調表現です。強い表現のほうが人の心をとらえることがある、ということで、ここでは使ってみました。やっぱり、単に空気を読まない男とするより、「世界一」空気を読まない男というほうが、インパクトがあるそんな風に思いませんか?

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