一貫性は目的ではなく手段である

一貫性を持つべき、ということは往々にしてよく言われることです。ですが、どんな時も一貫し続ける、となると、弊害が生じます。なので、今回はそんなこんなを。

どういう人が尊敬されるか、という、一つの要素は「一貫性があること」だと思います。基本的な態度、言動、行動が、首尾一貫しているほうが、わかりやすく、付き合いやすい、という面があります。これは、ほいほいいうことや行動が変わると、そういった人を信用するのは少々難しいです。

また、自分自身の成果の達成、という意味でも、一貫していたほうがいい。一貫していると、一つの目標を継続的に追い続けることにつながるので、目標を達成しやすくなります。これも、あちこち、ゴールがほいほい変わるとなかなか目標を達成しにくくなるでしょう。

ですが、一貫していることの弊害があります。一貫性にこだわると、うまくいかないことでも続けてしまうことがあります。対人関係の中でこれが発生すると「頑固な人」となるし、自分の成果達成であれば、「無益な努力を続ける。」ということになります。

一貫していることについて、メリットもデメリットもありますが、さて、どう付き合うべきか。

それが表題にもある、一貫することは目的ではなく、手段と考える、ということです。つまり、状況に応じて一貫性の担保を確保していく。一貫していたほうがよければ一貫し、柔軟であるほうがよければ変幻自在に身を変えていく、ということになります。

一貫性を保持してうまくいかないときは、大体の場合において、一貫性を保つことが目的化しているからだ、ともいえるでしょう。

では、なぜ世の中では一貫性を保つことが是とされるか。一つは一貫性を保つことは一般的には難しくかつ成果を出せることが多いから。一貫性のある人間のほうが、言動や行動に予測可能性が生れ、信頼することができる、ということもあります。

ので、一貫性、担保することをベースにしつつ、時として緩めてあげる、ということ、その判断においては、目的であるとかメリットデメリットを勘案する、ということがあろうかと思います。

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