このコロナ騒動で感じたこと㊺~あなたは本当に人を裁けるのですか?

この文章は令和2年5月5日に書いています。昨日、正式に緊急事態宣言の延期が発効されました。5月31日まで。それまでには、なんとか、収束の目途をつけたいのと、それに伴う事業者の苦境、経済への負担をできる限り軽くできれば、、と思います。

さて、こういう状況が続くとストレスがたまり、攻撃的になってきます。そうなると、若干のルールの逸脱があったりすると、それに対して咎めるような風潮はでてきます。

確かに、実際に「これはどうなのよ」と思うことあります。休校中に海外旅行に出かけコロナに感染した、発症等感染が明らかになっているにもかかわらず自宅待機していなかった、帰省/旅行して感染を広げた、営業自粛要請が出ているにもかかわらず営業を続け県外からも人が来ている等々。そういったことがあれば、イラッとすることはある意味人の情です。

とはいえ、そういった人たちを私的に裁いてもいいのか、、というは別問題です。私的に裁く、というのは、ネット上で攻撃する、抗議の電話をする、本名・家族・職業を調べて公表する、などの個人としてその人を攻撃することを意味します。こういうことは許されるのか。

問題の一つはデマや冤罪が起こりやすい。こうやって、攻撃する人は必ずしも事実関係を確認していません。なので、誤解や勘違いで攻撃してしまう、ということはあります。やっぱり、こういう災害時や疫病時はデマが流れ、それを信じた人がデマの対象となった人を攻撃し、それが後々の社会問題になったようです。

じゃあ、デマじゃなければ本当にそうならいいのか、というと必ずしもそうとは言えない。人を裁く、ということは、逆から見ると裁かれる人を傷つけることになります。なので、法治国家であれば特殊な組織にしかそれは許されていません。そう、それは警察であり、検察であり、裁判所でありそういったところにしか許されていない、と解すべきです。

そうはいっても、人を裁きたくなるときはあります。それが、正当なものか、それとも単に攻撃欲に駆られたものか判別するための割と簡単な基準があります。それは、自分の本名を名乗れるかどうか、ということでしょう。もちろん、信念が誤っている場合もあるのですが、少なくとも自分が名乗れないことはするべきではない、ということは言えます。

未分類