「やればできる」ではなく、「やることが尊い」

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よく、「やれば、できる。」という言葉があります。パッと見、その人を尊重しているようですが、実はそこには落とし穴があります。むしろ、「やることが尊い。」と思っています。今回はそんなことを考えてみたいと思います。

かえって、やらなくなってしまう

「やれば、できる。」ということ、免罪符になってしまうことがあります。「やれば、できる。」ということが自尊心の源泉になっている場合、やってしまってできないとその自尊心が崩れるもととなってしまいます。つまり、物事を始める場合に、「やれば、できる。」と思うと、逆に「やってもできなかった。」ということを恐れ、つい、物事を行うことをためらってしまいます。そうすると、「やれば、できる。」と思っているだけで、実際はなにもなされなかったということも起こりえます。

やることが尊いと考えると

やることが尊い、という言葉、これは実際に行動をすることと後押しする言葉となっております。行動した場合に、どのようなメリットがあるのでしょうか。

まずは、逆説的ですが、「やれば、できる。」わけです。つまり、当初は不可能だと、考えられていたことが意外とできてしまう、ということがあります。例えば、自分の場合であれば、去年始めた遠泳。クロールで1,500m、平泳ぎで10km、最初は「できるかな~、」と不安でしたが、やってみるとなんとかなるものでした。実際やってみるとできることも多い、ということでしょう。

次に、できなかったとしても得られることがある。つまり、なにかをなそうとして努力した場合、そのことに失敗しても、身につくことがあります。例えば、昨年、私は家庭料理技能検定2級という試験を受けました。それなりに勉強したつもりですが、残念ながら実技のほうが不合格になってしまいました。ただ、何も残らないか、というとそうではなく、例えば、あじを三枚におろすことができるようになったり、ダシまき玉子も失敗はありつつも焼けるようになりました。それと、失恋とかしても、そこで得た経験は次に活かせますよね。

最後に、短期的に失敗に見えても、長期的にとらえると失敗ではない、ということもあるでしょう。1か月という時間軸で見ると失敗に見えても、時間軸をのばせば、失敗というよりむしろ過程だった、ということもあります。例えば、自分はプレゼンテーションセミナーということをしたのですが、最初の1回は1人しか来ていただけず、内心失敗したかな~と思いました。ただ、その後は、最初に来ていただいた人とセミナーを共催することになり、参加していただける方も徐々に増えていきました。

まとめ

「やれば、できる。」確かに、その人の可能性を認めた言葉であり、この言葉をよりどころとする人もいるかと思います。ただ、この言葉は、人の行動をとめてしまう可能性もあり、注意が必要です。やっぱり、行動することがなによりなので、どんどん動いていくようにしましょう。

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