自由を求めつ、自由に流されることを防ぐにはどうすべきか?

人間、誰しも自由でありたい、と願うものです。とはいえ、実際にその自由が手に入ると、持て余してしまう、ということ、ありますよね。そんなとき、自分自身、どうあるべきか、ということを考えてみました。

あまり縛られたくない、自由にすごしたい、と思うのが人間です。例えば、仕事なり、学校なり、朝決められた時間にきめられた場所に行って、決められたように過ごす、というのは、息苦しく感じるときがあります。誰しも、「自分の好きな時間に仕事したい。」、「自分がしたい場所で仕事をしたい。」と思うことでしょう。出来る限りに自由にやりたい、と思うのが人間の常です。

とはいえ、自由というのは結構流されます。やるべきことをやらずに、つい、だらだらとしてしまう、そんなこともあるでしょう。また、ある程度、決めがありそれに従ったほうが、自分のほうで考える手間が省け楽だったこともあります。実際、僕も、講師をしていたときは、授業と打ち合わせ以外は自由にできる、という環境でしたが、結局、講義室にある程度一定の時間にいって、過ごしたものです。

結局、人間というものは自由を望みながら、そうなると流されてしまう、そういう生き物のようです。実際、生きていくにあたり、そのバランスをうまくとらないといけません。

そのために、個人でできる手段はというと、自分でルールを設定すること。この場合だと、確かに自分の作ったルールに縛られるということで自由ではなくなるでしょう。ですが、そもそものルールの設定は自分でできるのでこの分は自由です。つまり、これは、自分で自分を律する、自律するということですよね。とはいえ、自分で作ったルールは、強制力が弱く破りやすいのでそれをどう対応するかというのも大切なことでしょう。

また、自分を縛る組織を自分で選ぶ。組織に入る、ということであれば、その組織の規律を遵守する必要があります。そうやって、組織の一員となることにより、規律で縛る、ということもあります。どんな組織を選ぶか、というところに、自由があるのでは。

組織のデザインとしては、自由と規律のバランスをとる、ということが必要かとも。あまり、規律を固くしすぎると息苦しくなる半面、まったく、規律がないと緊張感が抜けた感じになってしまう。なので、どこを緩め、どこを縛るのか、という見極めが必要でしょう。それは、業務の内容にもよりますし、また、構成員の価値観や感覚にもよるでしょう。

ということで、自由と規律、について考えてみました。最終的にはバランスをどうとるか、というところに収斂していくのでは、と考えております。

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