戦時中の話を聞いてみよう

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先日、とある集まりで、谷中にあった空襲の話を聞いてきました。その時の様子、感じたことを記してみます。

会の概要

今回は3月上旬の夕方に空襲の場に居合わせた方、4人~5人に空襲を受けた時の様子を聞きました。参加者は30人くらい。年齢層は若干高めだったと思います。その会場は満席となっていました。

話の内容

今回の話、2時間程度でかなり内容が濃かったのです。その中で印象に残ったことを取り上げてみます。

・ 谷中の街には爆弾が落とされたことにより、建物の破壊はあったものの、大火事になることはなかった。これが、焼夷弾だったら大火事になっていた。

・ 煙突があることは軍事拠点と思われて集中的に爆撃を受けた。そのため、銭湯、小学校(煙突がたっていた)、リボン工場は爆撃の対象となった。銭湯が爆撃を受けた時は、そこが池のようになっていた。

・ 飛行機の爆音、爆弾が落ちる音はなんともいえない感じがする。その時は防空壕(とはいっても地面に穴を掘って畳を上にかけたもの)に入り、猫のように丸くなっていた。

・ その時の教育により、お国のために死ぬことは当たり前だと思っていた。その時は軍人になることを志向している人が多かった。

・ 憲兵や警察が常に小学校の様子をうかがっており、目をうかがってすごしていた。

・ 戦後、上野のあたりには戦災孤児が多く、特に国に保護されることはなかった。逆に取り締まりの対象ともなっていた。

・ 最初のうちは戦争のことを話さないでおこうと思っていたが、やはり、話すべきだと思い、こうやって戦争のことを話すこととした。

・ 戦中、戦後は本当に食べるものがなく、雑草であっても食べざるを得なかった。

その他、空襲後の悲惨な街の様子等等色々なお話を聞きました。生々しい話はここでは少し控えることにします。

感想

実際に話を聞いてみると、想像以上に現実感があります。えてして、戦争は新聞、ニュースで見るもの、つまり自分ごととしてとらえられない場合が多いのですが、こうやって話をきくと多少なりとも自分ごととしてとらえられるようになります。それとともに、今の政治、その方向性なども考えるようになります。

終戦から70年程度たっており、日本で、戦時中のことを知る人は徐々に減っていきます。そのため、こういう機会があれば、一回でもいいので参加してみるといいでしょう。

 

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