【仮説】本質的に人間の心は移ろうものだ、と思うことが永遠の愛への始まりである

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というわけで、連続して少し男女の付き合いや心情といったものをとりあげてみます。ぼくにそれを語る資格はあるのか、、と言われそうですが「仮説」ということでご容赦ください。

恋愛を始めたとき、結婚したときは、その時はお互い、その愛情は永遠に続くものと感じているはずです。

ですが、実際、その愛情が続くのか、ということですが、時としてそれは難しいということがあるでしょう。一定の場合は、別れであるとか、離婚であるとかに結びついてしまうこともあるでしょう。

ここにある根本的な要因としては、「人の心は移ろうものである。」ということでしょう。当初は、お互い愛し合っていたはずが、色々な事情があったにせよ、気持ちが変わってしまった、それを修復できず、最終的には別離という結論になってしまう、ということでしょう。

あたかも、川の流れの中にある水の粒子の一つ一つは違うように心に思うことも一刹那一刹那ごとに異なってきます。そのため、川の流れが同じように見えて徐々に変わってくるように、心も徐々に変わるのが実は本質なのかと思います。

心が移ろうこと自体は全て悪いことではありません。失恋等の状況になってしまったとき、いつまでもその人に心が残ってしまうと、新しい人に向かえないですよね。そういう場合は、むしろ心はその人から別の人に向かうことが望ましいわけです。

とはいえ、社会や秩序を維持するためには、ほいほい心変わりされても困ることもあります。なので、心変わりを防ぐ、いや、心変わりしても、お互いを結びつけるための制度として、「結婚」という制度が長い歴史の中で紡ぎだされてきたのでしょう。

ただ、最近は価値観や生活様式の変化により、結婚をしても分かれてしまう、ということが増えてきました。それ自体は悪いことばかりではなく、ひと昔前のように、心は離れたけど生活や世間体のために夫婦のままでいる、ということはなく、自由に自分の生活を決定することが比較的容易になったということもあります。

とはいえ、結婚という制度によっては、必ずしも人間関係を維持できない、となった場合、どうやって男性と女性をつなぎとめておくのか。

逆説的なのですが、人間の心は移ろうものである、移ろわせないように常に心を砕く、心の変化とともに関係の在り方を見直す、ということが大切かと。

相手の心が常に自分にあるように普段から言動や行動を意識しておきたいところ。くれぐれも、「釣った魚にエサはやらない。」みたいなことはやめましょう。

自分自身の心も相手の心も移ろう、ということを前提としつつ、変化の中でお互いの関係性を構築していく、ということが重要なのかもしれません。

もちろん、このように意識しても、うまくいかないときはやっぱりうまくいかず、別離してしまうこともあるでしょう。ですが、意識しないよりは意識していたほうが、パートナーシップがながく続くはずです。せっかくなんらかの縁で一緒になったのであれば、できる限りそれを長く続かせることができれば、、、とは思っています。

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