器用貧乏、というのは、なんでもこなせるが、いまいち金がない、というか、社会的に成功しているように見えない、ということです。器用ならそれなりに成功できそう、、、と思いますが、必ずしもそうではないようです。
なんでもそつなくできてしまうのが実は良くないのです。なんでもできるので、いろいろなことをしてしまう。人にも色々なことを頼まれついこなしてしまう。そうすると一つのことに専念できず、どれをとっても、まあまあできる水準にはいくのですが、卓越した水準まではなかなか到達しないのです。
他方、あまり得意なことが多くなくて、苦労している人、というのがあります。特に会社員なんかで自分の得手でないことをさせられると力が全然発揮できない。でも、こういう人は何か自分ができることを見つけることができると、一気に跳ねます。なぜなら、他のことができないので、そればかりするようになるから。そうすると、どんどん、どんどん、その分野が伸びて、他の人だと対抗できないようになります。
結局、自分の領域を狭めてそこを突き詰めて尖った人材になれれば大きな成功が見込まれたりします。逆に、器用な人が色々なことをするとどれも大したことは水準には達せず、結果として、無難な人材となってしまいます。そうして器用貧乏が生まれるのです。
じゃあ、どうすればいいか。一つはジェネラリストが求められるところに行く。大手企業や公務員のように色々な部署に配置転換されるような組織に属すれば、どこに行かされても、何をさせられても、そつなくこなすことができる。そうすると、どこの部署でも評価されて組織の上の方に行きやすくなります。
もう一つは、やることを絞り込む。自分はこれで生きていく、ということを見つけたら、それをひたすら突き詰めていく。他のことは、できるんだけども、あえてやらない。これはこれで、結構、忍耐力を問われるのですが、じっと我慢する。そうやって、一つのことを尖らせていくわけです。
つまり、器用であることが生きる場所に行くか、もしくは器用さをあえて捨てていく、ことにより、器用貧乏を脱していくことが必要なのよ。