俄かファンとの付き合い方やふるまい方のエトセトラ

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俄かファン、というのは、もともとのファンではなく、なにがしかのイベントが起こったときにその場限りでなってくるファンのことです。例えば、サッカーのワールドカップ等のイベントで、それに乗ってワーワーわめいている、ような人たちですね。

実際、にわかファンというのは、もともとのファンの人達にはいい目では見られないものです。人間(特に男性)の心理特性として、自分が好きなものは独占したくなる、という傾向があります。また、新しい人や物事に対して奇異の目を向けてしまう、ということもあるでしょう。そのため、もともとのファンと俄かファンの間には壁がある、ということはある意味仕方がないことであります。

ですが、その傾向があまりにも強すぎると俄かファンの人たちも疎外感を感じて、嫌になってしまいます。そうすると、せっかく、興味を持ってくれた人がそのことに対して離れてしまいます。当面の間は、もともとのファンの人がいるのでいいのですが、長い目で見るとそのことに興味を持つ共同体は衰退していってしまいます。それを防ぐためには、もともとのファンも俄かファンの人たちについてある程度の寛容性を持つ必要があるでしょう。

ここで、キーとなるのが、主催者等元締め的な存在の人です。主催者が俄かファンに対しては共同体のルールやふるまいなどを教えてもともとのファンが嫌悪感をもちにくすることができます。他方、もともとのファンにも俄かファンを受け入れるように促したり俄かファンでもいやすい場を作ったりして、俄かファンでも居心地のいい場にしていく、ということが必要です。そうすることにより、もともとのファンと俄かファンの融和を図ることができ、共同体として安定したものにできるでしょう。

最後に、俄かファン自体のふるまいについて。やっぱり、もともとのファンがいて、そこに共同体が成立している、わけなので、そういった人たちにに対する配慮、ということは必要でしょう。また、最初は俄かファンでもいいのですが、できれば、どこかの趣味や場について、俄かファン→そこそこのファン→コアなファンという進化をとげたい、ところです。もちろん、合う合わないはあるので、多少の趣味や流行りを遍歴してもいいのですが、俄かファンである対象がどんどん変わってしまい、俄かファンで居続けると流されるだけでなにも残らないので、気を付けるほうがいいでしょう。

というわけで、今回は俄かファンについて。もともといた人にとっては面白くないと感じることもありますが、俄かファンがコアにファンとなることもあるので、そこは寛容にしたいもの。俄かファンともともとのファンをつなぐのが、主催者等としての腕の見せ所ですね。俄かの人も、もともとのファンの人に配慮しつつ、どこかで深く潜っていく、ということをしたいものです。

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