「夢を仕立て直す」ということの発想とその意義

Pocket

先日のポストでも、夢の達成状況についての話をしました。もう一つ、自分が大切にしている夢に対する考え方として、「夢を仕立て直す。」ということがあります。このことについて、今回は少し述べてみます。

夢を仕立て直す、という発想は、僕のオリジナルではなく、7年くらい前にとある人のブログに書いてあったことなのです。最近、この話を再度読みたくて検索してみたら、見つかりました。Lilac さんが書いた、「大人になっても夢を持ってよいということ」というのが出典です。結構、ボリュームのある文章で読み応えがあるのですが、そのうち、自分が好きな小節は以下のくだりです。

こうして、小さいころの心のタンスにずっとしまわれていた、「夢」と言う名の洋服に、現在の自分らしいアレンジを入れて「目標」として仕立て直すと、もう一度着始めることが出来る。そうすることで、小さいころからの自分の人生が、一貫したメロディとして突如、流れ出すようになるのだ。

今回の投稿は、これで終わり、にしてもいいのですが、もう少し僕の考えも付け加えておきたい。夢を目標に仕立て直す過程で、夢をダウンサイジングする、とか、スケールダウンする、ということがあってもいいと思う。

子供の頃に持っていた夢、というのは、抽象的で大掛かりなものであったことが多いのでは。ですが、大人になると自分の仕事、家庭、しがらみ、といったところで、子供の頃持ったままの形では夢は夢のままであり続けてしまうということの方が多いのでは。その夢を現実の中で可能な範囲で小さくして達成する。そこで満足できれば、大きく膨らませずそのままにしておく、というのも一つの人生の選択肢かなと。もちろん、それを膨らむだけどんどん膨らませていく、ことができればそれは素敵なことです。

僕なんかだと、小さいころ「ミスター味っ子」というマンガにはまりにはまり、「将来料理人になれたら」と憧れたことがあった。これも一つの夢と言えば夢でしょう。じゃあ、今はそうか、というと、料理人以外の職業についている。おそらく、自分がいわゆる現役である限りは料理人とはならない、とも思う。僕は、料理人ということと全く無縁の生活をしているかというとそうではなくて、趣味として料理とは取り組んでいることになります。人を招いたりとか、料理を作って差し入れたりとか、イベントで料理したり、、というように、プロとしてではないにしろ、料理というものとは接している。これは、結局、「料理人になる」という今の自分には合わない夢を「時として人に料理をふるまう。」という形に仕立て直して今に活かしている、という形になろうかとも。

というわけで、「かつて持っていた夢」を「今の生活」に合うようにしてみると、「今の生活」に少し潤いがでてくるような気がします。というわけで、「夢を仕立て直す」ということを意識していただければ、と思います。

 

 

海外事情/語学